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川崎F歴代の助っ人外国人(引退選手編)をまとめた記事が懐かしい。監督経験者多数!アウグストは?マルコンは?マルクスは?

前回の「川崎F歴代の助っ人外国人(現役選手)」の続き記事の紹介です。

「川崎フロンターレ 開幕カウントダウンカレンダー 2015」にて。
2015/2/18(水)の「あの助っ人外国人選手たちはいま(引退選手編)by なかはらいだいち」を本記事にて紹介致します。
 
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「川崎フロンターレ 開幕カウントダウンカレンダー 2015」のサイトは以下

川崎フロンターレ 開幕カウントダウンカレンダー 2015: 開幕カウントダウンカレンダー 2015 スケジュール
この中の

2015/02/18
daichi0203
あの助っ人外国人選手たちはいま(引退選手編)

を紹介します。

「あの助っ人外国人選手たちはいま(引退選手編)」

記事リンク先と登場選手名一覧

記事はこちらです。
あの助っ人外国人選手たちはいま(引退選手編)
 
記載がある選手は以下。
「マルコン」「マルクス」「アウグスト」「バルデス」「ベンチーニョ」「マルキーニョ」「マーロン」「エジミウソン」「ペドリーニョ」「イジドーロ」「カドゥー」「ジェニウソン」「ツゥット」「ペッサリ」「モレェノ」「江田広」「ヴァルディネイ」「ベッチーニョ」「マルシオ」「シャイデ」「アレックス」「ムタイル」
 
リンク先には、最近の写真や動画が載ってますので、じっくりみてください。
 
今回も、太字の選手について、以下に引用&コメント追加します。
※私は2004年途中からのサポなので、それ以前の選手はよく知らないため、コメントできず。

マルコン

2006年、川崎まさかのシーズン2位の立役者の1人。
恵まれた体格、高精度の左足クロス、殺人ミドル(ただしホームラン)で「攻撃の川崎」を牽引。

http://gogostadium.net/2006/j101.html

ゴースタ!2006 J1第1節

2006年開幕戦、新潟相手に6-0の歴史的大勝をもたらした一人でした。
確かチーム合流から間もない時期で、あまりコミュニケーションが取れてなかったのか「我那覇という男が決めてくれた」といったニュアンスの面白インタビューを残してくれました。
あと雨の日は髪が
 
ただし、弱点がありまして。
加入前は守備がよいという噂でしたが、少なくとも2006年Jリーグではそんなことはなく
当時の川崎は3バック。
左サイドは基本的にマルコン1人が対応するのですが。
スピードとクイックネスに非常に難があり、ワンツーや裏への縦パスであっさり抜かれる場面が多発。
シーズン終盤、他チームに研究されまくった結果、左サイドをスコンスコーンと面白いように突破されるようになり。
残念ながら2007年の契約更新はならなかった・・と記憶しています。

2006年在籍。46歳。アトレチコ・パラナエンセ(ブラジル)Sub-20(U-20)監督。
2011年までプレーをしたあと指導者に。昨年末の20歳以下のブラジル選手権では準優勝。実績も残しているようです(記事)。

これは立派な実績!
いつか日本に来てほしいですね。

マルクス

2004年からサポとなった私に、あのフッキよりも早くサッカーの恐ろしさを教えてくれた男。
 
2004年に、J2のライバルだった新潟から移籍(これも新潟サポとしては・・だったようです)。
トップ下として、ジュニーニョ・我那覇の三人で、J2ライバルの守備をメタメタに崩壊させるほどのテクニック、キラーパス、フリーキック、冷静さを持っていました。
 
J1昇格後の2005年でも大活躍。アウェイ浦和で、GKの逆をついたFKを決めたりしてました。
 
2006年、前述のマルコンと共にシーズン開幕から圧倒的攻撃力を構成。
これは優勝行けるぞ!
 
・・と思った時期が、私にもありました。
 
忘れもしない、2006年ドイツワールドカップ 日本ーブラジル戦 開幕直前。
 
深夜に突然飛び込んできた、川崎との契約解除の一報
お知らせ:KAWASAKI FRONTALE:マルクス選手契約解除のお知らせ
 
この日の夜に起きた、日本代表の大敗と、ピッチに横たわる中田英寿と、マルクス突然の離脱。
このトリプルパンチで、散々に打ちのめされた記憶と怒りが、今も残っています。
(噂では、守備をしたくないマルクスと、守備をさせたい関塚監督との間で確執が・・?
実際、関さんは試合終盤、真っ先にマルクスを交代させる采配をしていた記憶があり、それに不満だった可能性があります。)
 
そして2日後。
東京Vへの電撃移籍。
 
はい。
フッキの時と同じです。
代理人もフッキと同じテオですしね。
 
代わりに川崎に来たマギヌンが大活躍してくれなければ、2006年はどんな年になったことやら・・。
 
その後のマルクス。
2006年、移籍先の東京VがJ2陥落。
2007年はマリノスに移籍も、イマイチ結果が出せず。
wikiによると、その年の夏に契約解除となり、日本を去ったようですね。

2009年にカシアス、サンジョゼに所属。以降は不明。カシアス時代の写真がありました(記事)。

いろいろ問題をおこしただけに、日本には帰って来れないでしょうね。。

アウグスト

川崎の闘将、アウグス父さん。
 
最大の特徴は攻撃力
マルコンと同じく強烈な左足、ミドルシュートにFK、左サイドなのになぜかゴール前にいる攻撃性。
2度目のJ1挑戦となった2005年開幕 浦和戦で、見事なFKを決めたシーン、今でも覚えています。
負けた試合ではカメラに向かって叱咤激励するなど、キャプテンシーも持っていました。

http://www.frontale.co.jp/diary/2006/0915.html

フロンターレ日記:KAWASAKI FRONTALE:ゲンキ、デスカー!!

2006年のOB戦のために来日してくれましたね。
 
フロンターレ日記:KAWASAKI FRONTALE:みんな元気で!!
皆に愛された左サイドの鉄人でしたね

その後、牧場主になったとか噂を聞いた気もしましたが。

ゴイアス(ブラジル)Sub-20(U-20)監督
2009年に引退、2010年からブラジリア、ボタフォゴDF、ガマの監督。トップチームの監督としては解任されるなど挫折も味わったようです。その後、ゴイアスの下部組織の監督に。インタビューに応える映像もあります。

ちゃんと監督になってますね。
川崎が不甲斐ない負けをするたびに「気合いが足りない!アウグストを監督にしろ!」との声がありましたが・・。
どんな指導をしているのか、気になりますね。

ツゥット

なんとか私が語れるギリギリの選手がツゥット。
といっても、2005年に川崎と同時にJ1昇格した大宮アルディージャに在籍していた姿しか記憶にありませんが(;・∀・)
 
wikiを見ると、あまり川崎でいい思い出は無さそうな・・。

1998年、ベットが監督を務めるジャパンフットボールリーグ(旧JFL)・川崎フロンターレに移籍し、訪日。エースとして活躍し[6]、1999年のJ2優勝及びJ1昇格に貢献したが、ベットは同年途中に退任し、J1を戦うに当たって大幅な戦力刷新が図られたことから川崎の戦力構想外となった。

昔の川崎暗黒時代か・・。

江田広

ん?なんで日本人が?
と思ってググったら。

http://frontale.co.jp/profile/1999/index.html

選手・スタッフプロフィール: KAWASAKI FRONTALE

22番の選手。

生年月日/出身地:1977年4月15日/ペルー
身長/体重:165cm/65kg
前所属チーム:帝京高校

ペルー国籍だったんですね。
 
しかしこのページ。
ガミさん、若かりし佐原、若かりし寺田周平、ヤス、ファイフロの説教コーナーでおなじみ中西哲生、あんまり顔が変わってないベティ(久野コーチ)、若かりし向島(現スカウト)、若かりし我那覇・・。
古参サポなら、いくらでも酒の肴に出来そうですね(;・∀・)

サッカーがつなぐ縁

最後は、なかはらいさんの以下の言葉で締めさせていただきます。

ティンガヴィトール・ジュニオール「安心してプレーできる素晴らしいクラブだよ」とフロンターレを勧めてくれたように、またがあるかもしれません。

いつの日か、レナトやエウシーニョに「川崎でサッカーをやって良かった」と思ってもらえたら、幸せです。

選手はやがてクラブを去り、現役を引退し、川崎から遠く離れても、どこかではつながっている。
ティンガのように、地球の裏側で選手の川崎移籍を勧めてくれる場合もある。
 
我々サポーターは、未来の川崎のためにも、選手を全力で応援しましょう!


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川崎フロンターレ1000GOALS1999-2014 [DVD]
 
パッケージ裏面に、本記事に登場したアウグスト、マルクス、ツゥット、ベンチーニョ、マーロン、ティンガ、マルキーニョ、バルデス、イジドーロ、エジミウソン、マルコン、カドゥー、ペドリーニョの名前あり!
他のDVDではこれらの選手のゴールシーンは見られないぞ!
 


 
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